INTERVIEW

多様な美の価値を体現する空間づくり

小林 恵理子

2010 年入社スペースデザイナー

ーどんなお仕事か、教えてください

あらゆる「資生堂の空間」をデザイン

店舗や施設、イベントなどの展示会場の空間デザインから、プロモーション関係のディスプレイや什器などのVMD(※)デザインまで幅広く、資生堂の空間に関するあらゆる仕事を手掛けています。最近はスペース(空間)デザイナーとVMDデザイナーは分ける方向にありますが、私は両方を担当しています。グローバルブランドも長く担当しており、海外とのやりとりも多いです。コロナ禍以前は、つくったデザイン模型を抱えて飛行機に乗り、現地の店舗で打ち合わせをするようなことも結構ありました。ブランドらしさやクオリティが、海外でもきちんと守られるようチェックするのも私たちの役割です。

 ※VMD 「Visual Merchandising(ビジュアルマーチャンダイジング)」。お客さまが商品を手に取りやすいようにディスプレイなどを工夫し、購入しやすい売り場をつくること。

ー仕事のやりがいについて教えてください

多様な美の価値観に触れられること

空間は、ブランドとお客さまの直接の接点なので、ブランドの世界観やコンセプトを基に「どんな体験をしていただくか」についてアイデアを出しあい、ディスカッションすることから始めます。そのアイデアを実現するにはどうすればいいかを考え、多くの関係者とコミュニケーションしながら、ほんの小さなパーツ一つや細部のディテールまでこだわり抜きます。さまざまなブランドやコーポレート事業を通して、多様な美の価値観に触れられるのはこの仕事の醍醐味です。空間をゼロからつくるのは簡単ではないし、まだどこにも存在しないものについてああでもないこうでもないと想像を重ねて試行錯誤するのは、苦しいことも多いです。でも、その結果、実際にお客さまが空間を通して美の体験に触れられている姿を見た時は、本当に「やって良かった」と思います。

ーより良い仕事のための工夫やこだわりを教えてください

自分自身が体験することでインプット

アイデアのインプットのために、いろいろなところに出かけて自分自身が体験をすることを、学生時代から大事にしています。化粧品とは全く接点のなさそうな業界の施設でも、意外なアイデアの種が見つかることはあります。また、その場での体験だけでなく、どういう人がデザインをしてどんな素材を使っているのかなど、さらに深堀りして調べて、違う視点からも見直すことで、また着想をもらったりすることもあります。

ー入社を決めた理由は何ですか

学生コンペで資生堂のショーウィンドウ制作

大学生のときに、資生堂のクリエイターの仕事に触れたことが大きなきっかけです。銀座で、デザインを学ぶ学生向けのウィンドウディスプレイコンペがあったのですが、私はそれに応募して資生堂賞を受賞しました。提案した模型をもとに、実際に銀座の店舗のショーウィンドウを、資生堂のクリエイターや制作会社の方々と一緒につくるという経験をさせていただきました。ご一緒したクリエイターの方々は個性豊かで生き生きとしていて、しかも皆さんとても仲が良いのが雰囲気から伝わってきて、本当にキラキラと輝いて見えました。

資生堂の空間デザインに憧れを持っていた

学生時代は進路に悩むことが多く、いろいろな展覧会などを見て回りながら自分の方向性について考えていました。そのときに、資生堂ギャラリーや当時銀座にあったハウスオブシセイドウにもドキドキしながら足を踏み入れ、資生堂がキュレーションするアートと、それらを特別な空気で包み込む空間デザインに衝撃を受け、憧れを持っていました。さらに、そこで出会ったクリエイターの方に悩み相談に乗っていただいたこともありました。

そんな憧れの会社で働くのは、私にはハードルが高いと思っていたし、募集も少ないと聞いていたのですが、就職活動の最後の最後に募集が出て。実はそのときにはもう他の会社に内定が出ていたのですが、どうしてもあきらめきれず大学の先生に相談したところ、背中を押していただいて挑戦しました。

ー印象に残る仕事を教えてください

資生堂書体

新人のときに、資生堂書体を1年かけて手書きして体得するという育成プログラムを受けました。資生堂書体は1916年の意匠部設立以来100年近く伝承されてきたフォントで、資生堂のデザインの美学がその中に詰まっていると言われています。10cm角の枠内に細かいルールに則って書いていくのですが、たとえば、ある展覧会のタイトルというお題をもらって書くと、5人いれば5人みんな違う表現になるのです。どれも資生堂書体なのですが、それぞれが感じた違うニュアンスが入ることで違う形になる。それを繰り返すことで、資生堂らしいデザインとは何か、ということが理屈ではなく感覚によって理解できるようになったように思います。

マジョリカ マジョルカの10周年展

入社3年目に、マジョリカ マジョルカの10周年の記念展覧会を、若手デザイナーチームで手掛けました。マジョリカ マジョルカはオリジナルの唐草デザインを扱うことが多いのですが、空間の中に配置していくことは通常の設計業務とは少し違う視点も必要でした。また、非常に世界観が強いブランドなのでそのブランドのファンの方たちに満足してもらえる空間としてのビジュアルづくりや体験としての仕掛けは試行錯誤しました。トリックアートや当時はまだ珍しかったプロジェクションマッピングなどさまざまなアイデアを出し合って、チーム一丸でつくり上げました。

クレ・ド・ポー ボーテの直営店

入社7年目に、銀座にクレ・ド・ポー ボーテの日本初の直営店をつくるプロジェクトを担当しました。資生堂にとって特別なお店だったこともあり、パリに拠点を置く建築家の方とのコラボレートで、ブランドの深堀りやストーリー構築、デザインへの落とし込みを行うことになりました。ただ、日本とパリではコミュニケーションを取るのが難しく、スケジュールは遅れがちに。そこで、単身でその建築家のパリの事務所に飛び込みました。数か月間、チームでデザインについて深く考え、ゼロから一つの空間を丸ごとつくり上げていく過程を経験できたことは、とても大きな経験となりました。

ー働く環境や周りの方々との関わりについて教えてください

ハイブリッドな働き方ができる

コロナ禍以降は、出社とテレワークを適宜使い分けるハイブリッドな働き方です。オンラインでも打ち合わせやコミュニケーションは問題なく進められますが、私たちの仕事は、やはり現場や現物を確認することが必要な場合もあるので、そのときには集まって話し合います。業務分担をするデザイナー同士は、社歴に関係なくフラットな関係です。一つのデータをパスしながらプロジェクトを進めていくこともあり、コミュニケーションは密に取っています。出社時には、仕事以外の話で盛り上がる時間も楽しいですね。

今振り返ると、いつも一緒に試行錯誤するチームがありました。自分一人ではできなかったことも、先輩に背中を押されて挑戦することができました。入社時には想像できなかったような世界までたどり着けたのは、そんな環境だったからだと感じます。

ー今後の目標について教えてください

総合的デザインの経験

どんな仕事が来るかわからないという幅の広さが、この仕事のおもしろさだと思っています。今後は、デジタルとのつながりなども増えていくと思いますが、どんなお題が来ても動じずに対応できるデザイナーでありたいです。私は空間のデザイナーですが、一つのブランドの世界観を作り上げていく過程ではグラフィックなど他分野のデザイナーとの協働も多いので、自分とは違う視点も積極的に取り入れ、これからも総合的な視点をやしなっていきたいです。